あなたが何を持っていなくても case 12


 「私ね、あきらくん。あなたを好んでいることと、あなたのえがくものに親しんでいることは、別の感情なの」
「……もう少し頼むー」
「んっと。好きな歌手さんの歌は好きだよ。だけど、それが、歌手さんその人を好ましく思う理由には、なり得ないの」
「解した」
「君が私を好んでくれるのは、私のイラストが好きだから?」
「んーんー。関係ない」
「ね」
「うん。ただ、色音たんのイラストを好む理由の方には、君への好意が少なからず影響しているよ」
「わかるよ。好きな人の、生み出すものも好ましく感じる気持ちは、よくわかる。私は、生み出されたものを好む気持ちが、心を占めてしまって、盲目に、生み出した人の精神をも好んでしまうという種類の人たちに、理解を示せないの」
「外見的な魅力に心を奪われて、内面の質の是非を問わずに好んでしまうような。そんな安っぽい感情のことだね」
「……結構、強めに言うんだね、あきらくん」
「うん。僕も理解を示せないから。そういう価値観の人たちには」
「それだから、安心できるのかなあ。あきらくんが抱いてくれている好意の目は、ありのままの私を捉えてくれているんだって思うから」
「そうだよー色音ちゃん。君が、どれほど美しい絵を描こうが描かまいが、世界中を魅了する声を持っていてもいなくても、何百万のファンに囲まれていようがいまいが、それにわずかほども影響されない好意だよ。君が誰にも愛されていなくって、誰からも疎まれる人であっても、関係がないんだよ。誰かと比べたり、他人の評価を基準にして、君を好んでいるわけではないんだから」
「……最後の例えは、なんかちょっとひどくないかなあ……」
「うええ?」
「や、誰からも愛されず、みんなに嫌われててもっていうくだり」
「……っ。 たとえだよっ……! 嫌われてなんかないよ! 大丈夫だよお〜……」
「愛されてもないの?」
「僕が愛してるよっ……」
「…………。っ…………」
「……あ…………。待って今のはなし……」
「…………え……。え? な。なし……」
「ん違っ……う……! …………あり……」


 これ以上言葉を交わすと、なんだか心がぐちゃっとなってしまう気がして、2人は口をつぐんだ。
 先に色音が目をそらし、一瞬の沈黙の後に、背を向けた。ご飯どきでもないのに、台所へ向かおうとする色音の背中を見て、あきらは少しの音も立てず、タンポポの綿毛を包み込むように、優しく、両の腕で、色音の体を抱き寄せた。
 色音は、頭頂部に、あきらの湿った息を感じて、恥じらいながら目を瞑った。
 あきらにそれは目視できないが、色音が応じてくれたことを、何を見ずともわかっていた。首を少し前に傾け、色音の右の頬に、左の頬をあて、わずかに腕の力を入れて、抱きしめた。
 色音の体の力が、抜けた。
 一切の音が消えたように、部屋の空気は静まっている。心地よく耳に触れる音は、お互いの吐息だけである。
 長く短い静寂が、終わりを迎えた。

 「…………ほんとう。だから、ね」

後ろ盾 case 11


 「このステンドグラスはね、僕が唯一、先生に、『安心した』そう言ってもらえた作品なんだ」
「……。…………えっと、どういう」
「僕の描くものや、作るものには、『何も感じられない』毎日そんな講評を受けていたの」
「……君が通っていた、美術学校の話ね」
「そう。あの頃は、受験を通過するために、絵を描いていたよ。いつからか、自分の好きな色や、世界がどんなものかに、関心がなくなって、良い評価を受ける絵を描けるようになりたいという想いに、絵を描くほとんどの動機を吸い取られてしまった」
「つらいだろうね」
「そんな描き方をして、評価されることができていたなら、まだ、何かが救われたと思う。でも、そうはならなかった。反対に、僕は、何も感じられない絵を描く人間だと、強く知らされるようになった」
「今は? 私は昔の君の絵を見ていないけれど、今の君が感じているものは、少しわかるよ。」
「色音ちゃんだから、感じてくれるんだよ。きっと。……でもね、確かに、今は、もう誰かに認めて欲しいだとかいう風には、思っていないんだ。好きなものを、好きなように描いていたい」
「随分、健康的になったねえ。あきらくん」
「それは、色音ちゃんが、僕の他の部分も、受け止めて、認めてくれているからだよ。だから、絵が全てだと思わずに済むし、そのおかげで、僕は君という盤石な後ろ盾を感じながら、自由に、思いっきり絵を描くことができているんだよ」
「ふふ。光栄だなあ」


 「このガラスの作品はね、テーマが出されなかったんだ。それに、僕にとって、自由を感じられない、絵ではないから、どんなものを作っても、絵の評価には影響しない。そう思えたことで、自由に創造することができた。だからかなあ。出来上がった時に、『そういう感性があるのなら、それを持っていたらいい。少し、安心した』そう言ってもらえたんだよ」
「つらい坂道を登っている時には、道端に咲く綺麗な花に、気づくことは難しいね」
「目の前に、いつ終わるのかもわからない絶壁が覆いかぶさって、ただ地面の凹凸を見ながら、自分の汗のにおいと、呼吸の音に、五感を奪われてしまっていた。立ち止まれば、鳥の鳴く声や、葉の擦れる音、木漏れ日の暖かさ、湿った土の匂いを、感じることができたのに」
「きっかけが、必要なのかもしれないね」
「立ち止まっちゃいけないと思っていたの。何かに置いていかれる気がして、怖かった。休めば、もう前には進めなくなるような、錯覚をしていた」
「あきらくんには、のんびりと寄り道しながら歩いていてほしいなあ。疲れたら、ゆっくり休んでほしい」
「もう動きたくなくなっちゃうなあ」
「いいんじゃなーい? 誰も困る人はいないよ。私も、君が何をしても、しなくても、少しも困らない」


 あきらは寝室に入り、カーテンを少し開け、陽の光を感じながら、眠りについた。
 後を追うように、色音も。あきらの体温が上がっているのを感じながら、今日は家事をするまいと、心に決めた。それから、この人が起きるまで、このままこうしていようとも。

じぶんのことのように case 10


 「私、『何か言いたいことあるんじゃない?』って、君に聞いたことがないね」
「うん。思った時に、思ったまま伝えているから。必要な場合は時間を空けることもあるけれど」
「……そういうところを、いつも信用しているよ。君が何かを溜め込んでいないと、感じていることができるし、何かを言わないでいるにしても、それが、君自身や、私のことを考えてのことだって、知っているから、安心していられるの」
「なんだい色音ちゃーん……」
「それでも、イレギュラーな場合もあると思うからさ。念のため、言っておこうと思って。つまり、『どんな場合でも、君が、何を言っても言わなくても、君の意思がそうであるのなら、私はいつも、君のその気持ちを尊重しているから』そう言っておきたかったの」
「色音ちゃーんっ」
「大切な話だよ。ふざけないで」
「ふぇい……。わかりました」


 「僕が、今の言葉を伝えてもらって、君に言いたいことがあるのだけれどね」
「君も、そう思っていてくれているのでしょう」
「……ふふ。わかりますかあ」
「それはさ、私のこの気持ちは、君から学んだことだからね。君が、まず、私に対して、そういう信頼を持っていてくれたから。私も、同じ気持ちでいるってことを、伝えておこうと思ったの」
「ありがたいですなあ」
「お互いね」


 これまでに、何度、お互いの思いを、聞いて、伝えて、どれほどの言葉を、我が事のように感じてきたのか。2人がそれを思い浮かべるには、あまりに多くの言葉を交わした。それぞれが、想い人を正確に、いつも完全に理解しよう、などとは思っておらず、ただ、どんな時も、ありのままを受け止めて、ありのままを感じて、それを伝えようと、心に決めていた。


 どちらにとっても、生まれながらにそうであったかのように、自然のことであるので、口にする必要を感じていなかったが、時を同じくして、「確認しておかないことで、語弊が生まれる可能性があるのではないか」という可能性に至り、明らかに示しておこうと、行動するに及んだのであった。

プロフィール

日木 心(ヒノキ アキラ)

Author:日木 心(ヒノキ アキラ)
消して訪れないと、確信できる未来ほど、鮮明に強く文字に表わせられます。


憧れて、あきらめていること。

起こりえないと知っていることが、ここでは起きます。


そのためだけの、記録の場所です。