後ろ盾 case 11


 「このステンドグラスはね、僕が唯一、先生に、『安心した』そう言ってもらえた作品なんだ」
「……。…………えっと、どういう」
「僕の描くものや、作るものには、『何も感じられない』毎日そんな講評を受けていたの」
「……君が通っていた、美術学校の話ね」
「そう。あの頃は、受験を通過するために、絵を描いていたよ。いつからか、自分の好きな色や、世界がどんなものかに、関心がなくなって、良い評価を受ける絵を描けるようになりたいという想いに、絵を描くほとんどの動機を吸い取られてしまった」
「つらいだろうね」
「そんな描き方をして、評価されることができていたなら、まだ、何かが救われたと思う。でも、そうはならなかった。反対に、僕は、何も感じられない絵を描く人間だと、強く知らされるようになった」
「今は? 私は昔の君の絵を見ていないけれど、今の君が感じているものは、少しわかるよ。」
「色音ちゃんだから、感じてくれるんだよ。きっと。……でもね、確かに、今は、もう誰かに認めて欲しいだとかいう風には、思っていないんだ。好きなものを、好きなように描いていたい」
「随分、健康的になったねえ。あきらくん」
「それは、色音ちゃんが、僕の他の部分も、受け止めて、認めてくれているからだよ。だから、絵が全てだと思わずに済むし、そのおかげで、僕は君という盤石な後ろ盾を感じながら、自由に、思いっきり絵を描くことができているんだよ」
「ふふ。光栄だなあ」


 「このガラスの作品はね、テーマが出されなかったんだ。それに、僕にとって、自由を感じられない、絵ではないから、どんなものを作っても、絵の評価には影響しない。そう思えたことで、自由に創造することができた。だからかなあ。出来上がった時に、『そういう感性があるのなら、それを持っていたらいい。少し、安心した』そう言ってもらえたんだよ」
「つらい坂道を登っている時には、道端に咲く綺麗な花に、気づくことは難しいね」
「目の前に、いつ終わるのかもわからない絶壁が覆いかぶさって、ただ地面の凹凸を見ながら、自分の汗のにおいと、呼吸の音に、五感を奪われてしまっていた。立ち止まれば、鳥の鳴く声や、葉の擦れる音、木漏れ日の暖かさ、湿った土の匂いを、感じることができたのに」
「きっかけが、必要なのかもしれないね」
「立ち止まっちゃいけないと思っていたの。何かに置いていかれる気がして、怖かった。休めば、もう前には進めなくなるような、錯覚をしていた」
「あきらくんには、のんびりと寄り道しながら歩いていてほしいなあ。疲れたら、ゆっくり休んでほしい」
「もう動きたくなくなっちゃうなあ」
「いいんじゃなーい? 誰も困る人はいないよ。私も、君が何をしても、しなくても、少しも困らない」


 あきらは寝室に入り、カーテンを少し開け、陽の光を感じながら、眠りについた。
 後を追うように、色音も。あきらの体温が上がっているのを感じながら、今日は家事をするまいと、心に決めた。それから、この人が起きるまで、このままこうしていようとも。

プロフィール

諒

Author:諒
消して訪れないと、確信できる未来ほど、鮮明に強く文字に表わせられます。


憧れて、あきらめていること。

起こりえないと知っていることが、ここでは起きます。


そのためだけの、記録の場所です。