彼のおもいを濁さないように case 8


 「しのたん」
「……ん」
「お願いしたいことがあるのですが」
「うん」
「今から少し外を歩こうと思うのだけど、一緒に歩いてくれやしないだろうか」
「わかった」
「ありがとう」


 しのは喜んでいた。だがその感情を表には出すまいと注意していた。きっとそれがあきらに伝われば、彼が少なからず気を負うであろうと察しているからだ。
 出来る限り平生の口調と表情を保つように振る舞うしのの思いに、あきらが気づく様子はないが、それはきっと、彼の頭にそれの浮かぶ余地がないからだと、しのは考えた。


 「雲がかかってないから、月明かりだけでも歩けるねえ」
「うん。僕はこのくらいの明るさが一番好きだよ」
「……」


 一呼吸の間の後、二人は同時に準備運動を始めた。しのにとっては、運動の準備でしかない動作であったが、あきらにとってのそれは、精神的な準備を兼ねたものであった。
「よし。いこっか」
「おっけい」
「あ……」
「ん?」
「えー……と。きつくなったら、帰っても、いい、かな」
「うん。そうしよう」
「へへ」


 しのはあきらが自身の精神状態の悪化を想定して、現実的に相応しい対応を、偽りなく提案してくれたことに喜んだ。一方で、あきらは言葉を重ねることなく快諾してくれた、しのの理解に感謝していた。


 「いい顔してるなあ。あきらくん」
 久しく見ていない程の心地よさそうなあきらの寝顔を見て、しのは心から今日の終わりに安堵した。彼が流した汗が、いつか、どこかで実を結んでくれたら、そう願って、しのも眠りについた。寄り添う彼の髪を、優しく指で解きながら。

プロフィール

諒

Author:諒
消して訪れないと、確信できる未来ほど、鮮明に強く文字に表わせられます。


憧れて、あきらめていること。

起こりえないと知っていることが、ここでは起きます。


そのためだけの、記録の場所です。